「しゃかごおり さおり」について

コーディネーター美容師になるまでヒストリー(前編)

みなさま!こんにちは!

コーディネーター美容師 釋迦郡沙織(しゃかごおり さおり)と申します。

今回は、【旅するWEBライターいち】さんにインタビューしていただいたものをみなさんにもぜひ読んでいただけたらいいなと思い掲載してみました!

もっと私のことを知りたい!と思ってくださった方は、ぜひこのまま読み進めてみていただけますと嬉しいです!

【WEBライター いち さんによるインタビュー】

今日はしゃかちゃんの知られざる素顔や、幼少期の様子、美容師になった経緯についてを余すことなく聴いていこうと思います。よろしくお願いします。

ーーよろしくお願いします。

まずは美容師になった経緯についてお伺いしたいです!

ーーはい、私はもともと​三人姉妹の末っ子に生まれていて、一番上の姉が歯科衛生 士、二番目の姉がエステティシャン​ということもあり、みんな手に職を持った家庭だったんです。

噂によると、お母さんもそのような活動をされていたんですよね。

ーーそうなんです。母も元々は美容師になるのが夢で、けれど親の反対もあって諦 めた過去があります。​でもヨガ講師から不動産から飲食とか、​とにかく自立して働く女性ばかりに囲まれたこともあって、大学進学へ進む時に「自分も何か手に職をつけたいな」と思ったんです。

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なるほど、それで美容師の道へ?

ーーいえ、その時は美容師になりたいというよりは、美容部員(メイクなどをする 人)になりたかったんです。けれど、ヘアメイクは当時、美容師になってから​実務経験三年間は必須な上に狭き門だった​こともあって、それならせっかくだし美容師の道もちゃんと極めよう、と思い目指しました。

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小学校のブラスバンド時代。

「好きなことにはとことん打ち込む | 一度決めたら投げ出さない性格だった」

幼少期のしゃかちゃんについても知りたいなと思うのですが、昔はどんな子供でしたか?

ーー昔は負けず嫌いで野生児でした。(笑)男の子と一緒に木登りをしたりとかも全然平気で。外で遊ぶのが好きで、負けるのが嫌いな負けず嫌い。言いたいことはハッキリ言う性格でしたね。

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中学校の体育祭。パン食い競走でぶっちぎり一位。笑

今のしゃかちゃんからは想像もできない…(笑)

ーーそうですか?でも、その負けず嫌いな性格と、言いたいことをハッキリ言ってしまう部分がアダになって、学生時代は度々いじめられていました。

え!いじめ?

ーーはい。でもそのいじめっ子の思い通りになるのも嫌で、学校には通っていましたね。

元々群れるのが嫌いなタイプで、気が強くて。

歳が離れた姉の影響もあって、どこか俯瞰して周りを見たりとか、周りの目を気にすることもありました。

そうやって伺いはするけれど、みんなの輪からはみ出てしまう・・・みたいな。

出る杭は打たれると言う感じですね・・・

ーーまさにそうかもしれません(笑)でも負けず嫌いで、好きなことにはとことん打ち込むタイプ。

小学校の時はブラスバンドに夢中になってたんですが、転校してそれがなくなったら、地域のバレーボールに参加したり。

昔から、そうやって自分で夢中になれることを見つけて、没頭できるタイプだったんですね。

ーーだから美容学生時代も、カラーなど夢中になって頑張ることができたと思います。

好きだったから普段の授業以外にもブライダルコースなどを学習したりして、ヘアメイクなどを勉強したり。成績も悪くなかったんですよ。

そんな性格が今のしゃかちゃんの技術面などを支えているのかもしれませんね。

んにせよ誰にでもできることではないので、すごいです(笑)

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美容学校のコンテストの最終予選。この頃からカラーが大好きでした。

 

「カラーが得意だった美容師時代 | どうせやるならとことんやりたい」

ここからは美容師時代のお話を聞いていきたいと思います。まず学校を卒業されてからはどうしていたんですか?

ーー高校を卒業してからは、町田の美容室で勤務しました。​アメリカの某オーガニック系のブランドのコンセプトサロンで、当時は世間もオーガニックブーム。 カラーが売りのお店だったので、カラーをとことん勉強して、すごく上達しました。 けれどカラーが上手くなるにつれ、自分のカットの下手くそさにも気づいて。だから他のところで習いたいと思いました。

そのあとはどこへ?

ーーカットを勉強するために大手サロンに7年間務めました。カラーを勉強させてもらう為にパリの本店での実務研修もさせていただきましたし、私のベースそのものはそこのお店で培ったものと言っても過言ではないですね(笑)

正直、最初は美容部員になりたかったんですよね?

7年も務めて、そろそろ美容師を やめて美容部員なろう!とは思わなかったんですか?

ーーそこなんですけど、実はカラーができるようになったタイミングで、カラーだけだと食べていけないなと思っていて(当時はまだカラーリング専門のフリーランス美容師などもいなかった)私はまだカットが中途半端だし、カットを勉強したい!と思ったんです。どうせやるなら、とことんやろうと思って(笑)

その頃にはもう美容部員ではなく、完全に美容師を目指していました。

なんだかしゃかちゃんらしいですね(笑)その大手サロンが基盤を作ったということでしたが、具体的にはどういうことを習ったのでしょうか?

ーーそこは言葉遣いとかもすごく厳しくて、教育に本社に行ったりとか。

マニュアルもきちっとされていて、マナーとかルールとか、とにかく学びました。

そこがあるから今の私があるな、と思います。今の美容師ってフランクすぎるあまりに頭が弱く見られるというか。

社会的にもお客さんにも、下に見られたりして。そういうのが嫌だったんですよね。

だから美容師でもちゃんと敬語も使えるし、所作も一社会人としての教養を身につけて、バカにされないようにというか…そういうことを学びました。

なるほど。確かにしゃかちゃんは敬語の使い方や所作も、すごくちゃんとしてる

(という言い方だと失礼かもしれないけど)社会人としての教養みたいなものがあるなと思います。

ーーただ、そのせいで逆にガチガチのマニュアルに縛られてしまっている部分もあったんです。だから、そのあとに転職する美容院では常識を打ち破られました。

そのあとのお店はどうして転職しようと思ったんですか?

ーー沢山いい経験をさせていただきましたし、基盤を作るのにはとても良い会社でした。

ただ、スタイリストになってから数年するとマニュアルガチガチの場所でみんな向上心がないことに気づいたんです。もっと良くしようとか、そういうのが感じられなくて、周りが安定思考すぎることでハングリー精神がないことが嫌でした。

給料も安くて、これだけしかもらえないなら私これ以上は伸びないなと思って。

それから高級なお店なので、新規のお客様よりはリピートのお客さんばかりだったのも辛かったです。ずっと同じお客さんで代わり映えしない、成長もない。 だったら出てみようということで、​別のお店へ転職しました。

本当は留学する予定だったとか?

ーーはい、もともと30歳になる前にワーホリに行きたくて、それでやめようというのもあったんです。けれどその時期に母の​ガン​が再発してしまって。 母親の体調が悪い・看取れないかもしれないというところもあって、ワーホリは諦めました。

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転職期間中に、ひとりでプーケットへ短期英語留学には行きました!

そんな状況で入社した。​『表参道にある某個人店』​ここで事件が起きるんですよね?

ーーそうなんです。まずここは路面店から選りすぐりのスタッフが集まったところ で、私も引き抜きされたうちの一人でした。 みんなが個々でやっているマイペースなサロンで、センスがある人はある程度実績 もあるし、みんな個性が強かったですね。 これまで会社で守られていた、どちらかというとマニュアル人間の私にはすごく刺激になりました。

しゃかちゃんにとっての新境地ですね。

ーーまさにそんな感じで。最初は楽しかったんですけど、2018年の10月に事件は起きます。(笑)

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コーディネーター美容師になるまでヒストリー(後編)につづく。

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